「AI兵器で平和を」の違和感
——パルマー・ラッキーとシリコンバレーのトールキン信奉
こないだのモダフルナイトで、小山さんと話していたら「Palmer Luckeyのインタビューがすごく面白かった」と教えてもらった。
Palmer Luckey(パルマー・ラッキー)。Oculus VRの創業者で、19歳のときにVRヘッドセットを作って、Facebookに20億ドルで売った人物。その後Facebookを去り(本人曰く「間違った政治候補に9000ドル寄付してクビになった」)、いまはAndurilという防衛テック企業をやっている。
気になって調べたら、今年4月のTED2025で講演していた。タイトルは「The AI Arsenal That Could Stop World War III」。見てみた。
冒頭から刺激的。中国による台湾侵攻シナリオを詳細に描いて、米軍の「能力不足」を煽る。精密誘導弾薬は8日で枯渇、艦艇は沈められ、戦闘機は撃墜される。
彼の主張はこう:防衛産業は官僚化して停滞、シリコンバレーは軍事から撤退、中国は造船能力で米国の232倍。解決策は自律型AI兵器の大量生産。「抑止力としての圧倒的優位」が平和を守る、と。Q&Aで「I love killer robots(殺人ロボット大好き)」と言い放ち、会場は笑いに包まれていた。
プレゼンとしては巧い。日本の防衛強化派なら前半は「だから言ってるじゃないか!」と乗りそうだけど、「killer robots大好き」のあたりで微妙、というか駄目だろ…。
聞きながら思い浮かべたのはベトナム戦争だった。B-52の絨毯爆撃、圧倒的な航空優勢、物量の差。それでも米国は「勝てなかった」。相手は「負けない」だけでよく、米国は「勝たなければならなかった」から。
Luckeyが描く台湾シナリオは正規軍同士の正面衝突が前提。でも実際には、サイバー攻撃、経済封鎖、情報戦、政治工作——「グレーゾーン」で決まる可能性も高い。マクナマラ時代の「システム分析」「キルレシオ」も当時は最先端だった。結果は知っての通り。
聞いていて、新自由主義の論理に似てるなと感じた。「政府は非効率、市場が解決」が「防衛産業は非効率、スタートアップが解決」に。「米国がやらなければ中国がやる」はTINA(There Is No Alternative:他に選択肢はない)論法そのもの。
多層的な問題を単一の軸に還元して、「速い・安い・スケールする」が正義になる。慎重さや合意形成は「遅さ」として否定される。
ふと「Peter Thiel(ピーター・ティール)崇拝してたりして」と思って調べたら、崇拝どころじゃなかった。
Anduril創業のきっかけは2014年、ThielのFounders Fundが主催したリトリート。共同創業者5人中2人がPalantir出身。2025年6月にはFounders Fundが10億ドル(同ファンド史上最大)を出資している。
最近は「Erebor」という暗号資産対応銀行もLuckeyがThiel系の資本で立ち上げた。Anduril、Palantir、Mithril Capital、Erebor——彼らが立ち上げたこれらの社名、すべてトールキンの『指輪物語』シリーズから取られている。剣、魔法の道具、希少金属、ドワーフの王国。防衛・監視・投資・金融という異なる分野に展開しながら、同じファンタジー小説から名前を借りている。仲良しグループの符牒みたいなものだ。
もう一つ出てきた。Andurilはウクライナで実際に使われている。2022年のロシア全面侵攻から2週間後には人員とハードウェアを送り込んでいた。Luckey曰く「数億ドル相当のロシア軍事資産を破壊した」と。
講演では「抑止力が平和を守る」と言っていたけど、実際には現在進行形で実戦投入されている。ウクライナは彼にとって「ラボ」でもあり「ショールーム」でもある。
そして今月、Andurilは日本法人の設立を発表した。Luckeyは日本メディアのインタビューで「日本は第二のホームだ」と言いつつ、「スピードが遅すぎる」と言う。オーストラリアでは打診から量産契約まで2年弱。「2年といえば、日本ではまだ3回目の夕食会の日程調整中といったところでしょうか」だと…。
同じインタビューで、興味深い発言もあった。「暴力は国家が独占すべきだ」「企業に暴力を委ねてはならない」と彼は言う。そして「私を信頼すべきではない」とも。小島秀夫の『メタルギア』を引きながら、民間軍事組織が常態化した世界の危険性を語る。彼の言うことは論理としては筋が通っている、と思う。
ただ、その論理の前提が気になる。「国家が暴力を独占する」としても、その国家にAI兵器を大量供給するのは誰だろう。抑止力のために圧倒的優位を——その発想自体は、ベトナム戦争時代のマクナマラと何が違うのか。
言ってることはとっても面白いんだよな。目の付け所も、プレゼンの切れ味も。でも、Peter Thielに代表されるリバタリアン——政府より市場、規制より自由——的な言説に触れたときと同じ違和感が残る。頭では「なるほど」と思うのに、どこかで「それでいいのか」と引っかかる。
複雑なものを単純化しすぎてる感じ。あるいは、自分たちの正しさに迷いがなさすぎる感じ。そこが引っかかるのだ。
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