フォロワー数が意味をなさない時代
clipping armiesと「なんとなく」公認の違い
抄録日報経由。TechCrunchに面白い記事が出ていた。クリエイターエコノミーの幹部たちが「ソーシャルメディアのフォロワー数はかつてないほど重要ではない」と語っているって記事。
インフルエンサー向けアフィリエイトプラットフォームLTKのCEOは「2025年はアルゴリズムが完全に支配権を握り、フォロワー数は全く重要ではなくなった年だった」といったそうだ。
そう、FacebookとかInstagram、TikTok…ああ、見せられてるなって思うこと多い。見たいものを見ているつもりで、実は見せられていた…。アルゴリズムでの支配。生成AIの対話でも感じる事がある。
記事で紹介されていたのが「clipping armies(切り抜き部隊)」という戦術で、DrakeやKai Cenatといったトップクリエイターが、Discordでティーンエイジャーを雇って切り抜き動画を大量生産させている。アルゴリズムは「誰が投稿したか」より「コンテンツが面白いか」で判断するから、無名アカウントからでも拡散される。戦略的にアルゴリズムをハックしようという発想だ。
これを読んで、山口一郎の公認切り抜きチャンネルを思い出した。
いっくんのYouTubeには公認の切り抜きチャンネルがいくつかあって、アメリカみたいに戦略的に組織化したわけじゃない、ファンが勝手に切り抜きを始めて、それをいっくんが見つけて「じゃあ公認で」となった。約1年くらい前の話。
これはclipping armiesと同じものではない、成り立ちが全然違う。有償の労働力 vs ほぼ無報酬のファン活動。「戦略的なハック」 vs「 なんとなくそうなった」。
この記事で取り上げているジャックコンテ氏は何年も前から、プラットフォームが「関係性を育てる場所」から「数字を競う場所」に変わったことを批判してきた。clipping armiesは、その「支配されてる構造を前提にした適応」だと。クリエーターがそうせざる得ない構造を作ってしまったプラットフォーム(Facebook,Instagram…)を彼は批判している。
山口一郎の公認切り抜きが「なんとなくそうなった」形で成立してるのは、ファンとの関係性が先にあって、結果的に切り抜きという形になったと言う順だ。コンテ氏の理想に近いのはむしろこっちの方かも…。ファンとの関係性がある事が前提のクリエイターが生き残るためのしかけ。
その「なんとなくそうなった」「ゆるさ」が、むしろファンとの関係性を壊さない形になっているのかもしれないな。
P.S. サカナクションの紅白。楽しみ。




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