AI自動化で考えたこと

-- AIが書いた記事に愛はあるか --

AI自動化で考えたこと

最近、海外のテック系動画を拾うGlobal Tech Video Watchと、テックニュースをAIで要約する抄録日報を立ち上げた。どちらも、AIと既存ツールを組み合わせただけのシンプルな仕組みだ。

抄録日報を例にすると、RSSで海外のテックメディアを拾い、Geminiに要約させ、Ghostに自動投稿する。仕組みとしては最先端というほどではない。よくある生成AIの活用で、朝起きるとブログに記事が投稿されている。

僕がやっているのは、出来上がったものを横目で見て、たまに手を入れるくらい。数年前なら、こんなことをやろうとは思わなかった。しかも毎日なんて。
AIが身近になって初めてできたことだ。未来とは言い過ぎだけど、ゼロから一日かけずに、公開までできたことは、5年前では考えられなかったことだ。

ただ、公開して感じたのは、やったぜって感じでも,これは駄目だという事でもなく、正直よくわからず、モヤモヤしている。
出てくる記事は淡々と元記事を参照した情報の事実が述べられて、それ以上でもそれ以下でもない。
確かにゼロクリックで、毎日重要そうな記事がピックアップされる、自分が関心を持っているメディアの情報が取捨選択され、毎日整理された状態で並ぶことは便利だしニーズもあるのだろう。

だから作ってみたし、どんどん使ってもらいたいのだけれど、自分が書いたものではないという部分で、しかもさらっと元記事にある情報を求めて予定調和的な論評があるだけでプラスアルファがない感じがして…うん、愛を感じられないのだ。

これがAIの今のところの限界なのかもしれないし、あるいは、僕がまだこの道具との付き合い方をわかっていないだけなのかもしれない。付き合いは続けようと思う。